月刊BLUEBNOSE 2025年03月号(#15)『希望も、災厄の仲間かもしれない』

今月頭のオウンドメディアと、その後のnoteでも取り扱った『重版出来!』の沼田の話から、他では扱いにくい話題を改めて取り上げます。BLUE B NOSE(以下:BBN)としてできそうなことや考え方についても、簡単に述べていますので何かの参考になれば幸いです。
BLUE B NOSE 2025.03.21
誰でも

オウンドメディアでもネタにして、その翌週のnoteでもネタにしたのに、ここでももう一度ネタにしてしまう『重版出来!』の沼田のお話。

オウンドメディアの方で、「細やかな才能とその功罪については、また別の機会に深掘りする」と述べていたので、今回はそこに焦点を当てた話を展開しましょう。

やや手厳しい内容というか、受け取る方によってはキツい表現も飛び出しそうなので、閲覧者が少ないこちらで取り扱います。

沼田のおさらい

まずは、話の前提となる沼田について、もう一度整理しておきましょう。

沼田は、2016年に放送されていたTBSのドラマ『重版出来!』(松田奈緒子作、小学館の同名タイトルが原作)に登場する人物で、ムロツヨシが軽妙なおしゃべりで人当たりの柔らかい人物を好演しています。

ベテラン漫画家の元でチーフアシスタントを勤め、二十歳で新人賞を獲得するものの、連載を勝ち取ってデビューするには至れず、20年間近く燻り続けており、後から入ってきた後輩がプロデビューしていく姿も何度も見守ってきている。今回、絵は下手だけれども圧倒的な才能を持つ新人がアシスタントとして入ってきたことにより、本格的に漫画家を目指すべきかどうかを迫られ、諦めざるを得なくなり家業を継ぐために実家へ帰ることになる、というのが今回のテーマ。

新人賞を獲得し、ベテラン漫画家の元でアシスタントを20年間続けることにより、「漫画家を目指している」というステータスと、「絵が上手い」という確かなスキルに縋ってしまい、「自分は身の回りにいる同級生とは違って、特別な存在だ」と自負し、またそれを頼りに20年間も同じアパートで暮らし続けてしまった男の話でもあります。

二十歳でいきなり新人賞なんて獲得し、客観的に認められてしまったために、「自分は特別だ」とか「才能がある」と思い上がってしまい、それだけでは勝負にならないのに、「いつか」評価される時が来ると思い、「特別で居たかった」という想いや「いつか」という期待だけを募らせてしまう危うさについて、改めて見ていきましょう。

「いつか」は永遠にやってこない

『重版出来!』の7話で特に印象的だった気がする「いつか」と「特別」の2つのフレーズ。まず、「いつか」の方からですが、大抵の場合、他人任せの「いつか」は宝くじの高額当選みたいなもので、永遠に訪れることはない「未来」です。

「いつか報われる」という期待を抱き続けるのは個人の自由ですが、その「いつか」を引き寄せるために本人が積極的な関与をしない限り、「いつか」はいつまで経っても近付いてこない、天頂で輝く北極星みたいなものでしょう。

事業計画や人生計画でも全く同じで、「いつか〇〇できたらいいな」という願望は、いつまで経っても叶いません。だから、「いつか〇〇したい」と思ったら、具体的に期限を区切る。具体的な日時を定めて、どうすればいいかをブレイクダウンしない限り、「いつか」は先延ばしを肯定する呪詛にしかなりません。

「いつか分かってもらえる」や「いつか評価してもらえる」と期待するだけでは、人生は何も変わらない。自分の人生をどうにかしたいなら、自分が変えていけることに注力する、変えられるように工夫する働きかけが不可欠です。

そこに対してきちんと向き合おうとしなかった沼田は、「いつか」と考え始めた時点でプロの漫画家としてデビューすることは不可能になったとも言えるでしょう。残酷な物言いかもしれませんが、クリエイティブの世界で、それも作家性が問われる業界であれば、当たり前でしょう。

「いつか」ではなく、「いつ」にするかを具体的に、自己責任で決める。それが第一歩です。

「ちょっとだけ特別」では、勝負させてもらえない

学問の世界もスポーツの世界も、偏差値やTier表、ランキングが存在する中、漫画家を含め、ちょっと特別な気がするクリエイティブの世界にも、同様の段階が存在します。その中で、新人賞を獲得したけど、連載を獲得するネームは提出できず、プロデビュー未満というのは完全なアマチュアではないけれども、それだけでプロにはなれない水準です。

100点満点で言うと70〜80点ぐらい、偏差値で言うと60〜65ぐらいまででしょうか。全国模試や全国大会で同世代の中でギリギリランキングに乗れるけど、佳作や特別賞が精一杯というレベルで、「それだけで勝負させてもらえる」レベルの85点以上や95〜100点の超一流、偏差値70以上の化け物も平然といるのが、才能で食っていくプロの世界でしょう。

そんな弱肉強食かつ、世代交代も激しい野生の業界で、「ちょっとだけ特別」なレベルでは、世界に踏み入ることすら許されません。競争できるレベルに至っていない、勝負以前に環境へ適合できずに蹴落とされてしまうでしょう。

沼田は、連載を勝ち取るネームさえ作れれば勝負させてもらえたのに、その壁を乗り越えることが出来なかった。編集と合わないだけ、分かってくれる人が来たらボツにならない。面倒を見てくれている先生の助言も、自分の作風と合わないから取り入れない。

「ちょっとだけ特別」に縋りついて、評価されないのは周りやタイミングの問題と考えていては、「いつか」の問題と同様に、いつまで経っても「ちょっと特別」は抜け出せないでしょう。

その微妙な他責思考が、沼田をプロ漫画家デビューさせられなかった大きな要因と見ています。

女神を招くのも、前髪を掴むのも、自己責任

「幸運の女神には前髪しかない」というのは、有名なことわざです。来たと思った瞬間に手を伸ばし、しっかり前髪を掴まないとチャンスや幸運を引き寄せることはできません。それも、自分の手でしっかり掴もうと思わないと、目の前に幸運の女神がいてもノーチャンスです。

沼田がプロデビューできなかった最大の要因は、自分から動かなかったこと。「いつか」と先送りを正当化し、「理解してくれる人が現れる」と周囲や他人に期待を寄せ、「分からない編集が悪い」と他人に責任を押し付けてしまうと、幸運の女神も寄り付かなくなるでしょう。

自分にできることを、最大限にやったのかどうか。それでも幸運に恵まれず、「仕方がない」と諦めざるを得ない場合もありますが、沼田の場合は、「やった後悔」ではなく「やらずの後悔」が強いように思います。

「ちょっと特別」からプロとして才能を活かし、勝負させてもらえる「本物の特別」になれるか否かは、自分が面倒見て、自分で汗をかかないと、自分の人生は微塵も変わりません。誰かが勝手にやってくれることはないし、幸運の女神の前髪だって、手を伸ばさないまま終わるでしょう。誰かが変わることはできません。

運の要素は確かにありますが、持って生まれた才能や、子どもの頃から遊びの範疇で伸ばしてきたスキルで勝負したいなら、死に物狂いかつ自己責任で努力しないと実を結ばない。その原理原則を避けていては、「いつか」も幸運の女神も永遠に訪れないでしょう。

「希望」もパンドラの匣に入っている

さまざまな災いが詰まった匣を開けてしまい、世界中に災厄をばら撒いた神話として著名な「パンドラ」や「パンドラの匣」ですが、中から色んなものが飛び出した後、最後に「予兆」とも「期待」、「希望」が出てきたというのも有名でしょう。

「希望」という人間にとって良いものが手元に残ったという解釈が一般的だそうですが、この「期待」や「希望」も、人間にとって一種の災厄だから匣の中に入っていたのではないか、というのも支持を集めている考え方のようですね。

今回の「いつか」や「特別」を巡る話にも、通じるような気がしませんか?誰が見ても100点満点、世界ランキング1位の才能は贈り物でも、「普通の人よりちょっと特別」程度の「偏差値60」ぐらいの才能では、贈り物ではなく呪いや呪われた傷痕や足枷になるような、人生を蝕みかねない災い。

輝かしい甘美な毒だからこそ、自らを窮地に追いやりかねない危険な災厄である、とも言えそうです。

希望を逆手に取った悪意もある

完全な蛇足かもしれませんが、「希望」が必ずしも良いものだと言えない話として、人の希望に漬け込んだ悪意や詐欺も巷に溢れています。

不治の病が治るとスピリチュアルなものを売りつけたり、いつか見返りがあるからと期待させて、おいしい儲け話をチラつかせたり。そのまま標準医療を続けていれば助かったかもしれないのに、高額な保険適用外の治療に切り替えてしまったために、お金を巻き上げられるだけに終わる事例もよく聞きます。

「希望」や「いつか」と、何となく前向きっぽいフレーズを耳にすると、勝手に心が躍ってしまいポジティブな気持ちになりがちですが、蓋を開けてみれば裏側はとんでもないことになっている、なんていう可能性もあります。

「希望」や「いつか」に期待し過ぎてしまうと、身を滅ぼしかねない。希望も希望で人にとって災厄かもしれないのは、そういう面もあるからでしょう。

呪いにするか、祝福にするかは自分次第

それだけで勝負するには厳しい「細やかな才能」やちょっとだけ周りとは違う程度の「小さな特別」を、認められない方が良かった、最初からない方が良かったと思う「呪い」とするか、「あって良かった」と思える贈り物、祝福であると思うかは、結局は自分次第です。

細やかな才能や偶然に縋り、「特別でいたかった」と甘えてしまえば「いつか」の先送りと合わせて「呪い」と化すでしょうし、細やかな才能ながら「もっと伸ばしたい」と自ら取り組んだり、「こういう方法なら勝負できるかも」と自ら活用方法を見出したりすると、例え「小さな特別」であっても、「恵まれて良かった」と思う日が来るかもしれません。

細やかな才能を活かすも殺すも自分次第。それを与えられたこと、認められたことを恨むのも感謝するのも自分次第。全ては自分自身で自分の生き方、活かし方を選べるかどうかでしょう。

一般的な職業やサラリーマンに対して、「特別でありたい」とクリエイティブな業界を選んだとしても、どこにも簡単で優しい世界はなく、どこも平等に厳しくて難しい世界が待っています。厳しさから逃げるために「特別で居続けたい」は通用しないので、早々に肚を括りましょう。

希望にも振り回されないように、冷静に見極め、能動的に使いこなすことを考えよう。

おしまいに

BBNでは、「小さな才能」や「難しい商材」の活かし方を日々検討しています。ちょっとだけ特別ないぶし銀の方々に合わせたWebサイト制作や、Webマーケティングに、我々と共に取り組んでみませんか?

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それでは、次回の配信をお楽しみに。

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